噛み合わなさと向き合う 奥山理子(みずのき美術館キュレーター)

※このコラムは冊子「山山アートセンターをつくる2019 Yama Yama Art Center in Progress」のために2020年3月に書き下ろされたものです。
【作品写真:笠間弥路『our family』】
(冊子PDF版はこちら

 

大変な事態になった。
誰も予想だにしていなかったはずである。
いや、そうでもないのかもしれない。
新型コロナウィルスではなかったとしても、もしかしたら私たちは、このような世界中の混乱が遅かれ速かれやって来るのではないかと思っていたのかもしれない、そんなことを最近よく考えるようになった。それと同時に考えるのは、一人ひとりの日常という基盤はなんとも脆く、また脆いがゆえに、絶対に保障されなくてはならないと、いうことについてである。

 

3月3日、4日に予定していた「福祉とアートの噛み合ない合宿ツアー」は、そうした人間の尊厳にまつわるアジェンダに対して、対話し、議論し、体験を共にしようという企画だった。そして、障害のある人たちや年齢を重ねたお年寄りたちの暮らす施設がその会場となることが、何よりも重要な説得力となるだろうと、計画当初その期待感に高揚したことを改めて思い起こす。

 

しかし、私自身の心境にも、開催時期までの間に大きな揺れが生じた。文化的なアプローチで福祉を考察しようとするイベントは、私たちにとっては大変意味のある試みであるものの、福祉施設の現場(職員)にとっては、どのような意味がもたらされるのだろうかという問い。また、会場の一つである社会福祉法人松花苑の職員でもある私は、そのとき、アート側の視点が優位となるのか、福祉側の視点が優位になるのか、どのような立ち位置が自他ともに望ましいのだろうかという悩み。みずのき美術館開館以降、さまざまな経験を通して、気がつけば私はずいぶんとアートの価値観、言語に馴染みを覚え、また実際に用いるようになっていた。そしてこの気づきは私を今までに感じたことのなかったような違和感で苦しませ、次第に、自己喪失の状態に陥っていくのを感じたのだ。

 

私がみずのき美術館のキュレーターとして従事するうえで個人的に意識していたテーマが、まさに「福祉とアートの噛み合わなさと向き合うこと」であった。明確な言語化ができていたわけでなかったので、イシワタマリさんが始めた同名のトークシリーズを知った時には、非常に大きな共感と衝撃を覚え、この企画に参加できることに喜びを感じた。そして、噛み合わなさの先には、必ず相互理解と新しい協働のかたちが見出せると信じてきた。この思いは、今も変わっていない。しかし、その到達を少しでも急ごうとするものならば、途端に両輪だと思っていたそれぞれの持つ車輪の大きさと速度にはズレが生じ、進もうとしていた道は反り返るようにして二手に分かれてしまう。そして、往々にして急ごうという焦りはアート側から起きるのだ。それくらい、アートは観察力が鋭く、リアクションが速い。長年そのような事態を経験し、辛酸をなめてきたからこそ、そうではない新たなストーリーを目指していたはずなのに、気がつけば、私自身が、アート“的な”価値観と速度で福祉現場に入って行こうとしていたのではないだろうか。あるいは、福祉分野の代表者“然”として、アート(非福祉)に福祉現場を紹介しようとしていたのではないだろうか。

 

本当は、私は、何を見てもらいたいのだろう。
本当は、私は、何を伝えたいのだろう。
本当は、私は、何を語りたいのだろう。
本当は、私は、どうありたいのだろう。

 

もがき苦しんでいた最中に起きたコロナ禍によるツアー企画の延期。この事態は、思いがけず私が自分自身の有り様をイチから見つめ直すための貴重な時間(猶予)を与えてくれることとなった。その作業は今なお苦しみを伴うが、この時間こそ、アートと福祉を思考することと同義であると信じたい。

奥山理子 RIKO OKUYAMA

みずのき美術館キュレーター 。1986年京都府生まれ。母が障害者支援施設みずのき施設長に就任したのに伴い12歳より休日をみずのきで過ごす。施設でのボランティア活動を経て2012年みずのき美術館の立ち上げに携わり、以降企画運営を担う。
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    展覧会『逡巡のための風景』(2019年/京都芸術センター)から始まった、イシワタマリの覚え書きあれこれ。
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