人が愛しくなるための距離 イシワタマリ (山山アートセンター代表、美術家)

※このコラムは冊子「山山アートセンターをつくる2019 Yama Yama Art Center in Progress」のために2020年3月に書き下ろされたものです。(冊子PDF版はこちら
【写真:丸山桂】

 
山奥には人が少ない
 

人と人が集いつながることを志向してきたという意味では、「とにかく集えない」というコロナ禍の状況は痛い。でも、ならばこそ、これほどまでに山奥の畑という場が活かされる境遇があろうか?朝の検温、手洗いうがい、マスク着用・・・といったお馴染みの方法で各々の懸念をクリアしたすえに、私たちはそれぞれにそれぞれの今日いちにちの過ごし方を選択しなければならない。他者との「適切な距離」を取りながら。「適切な距離」・・・!
6歳の頃から満員電車で舌打ちしたりされたりして人格を形成してきた私からしてみれば、山奥は「適切な距離」の見本のような場所だった。あまりにも人が少ないせいで、そこで出会えたすべての人の存在が愛しくなる。

 
そして鹿がたくさんいる
 

三岳山一帯は1300年前に修験道のメッカとして栄え、かつては山伏たちも生活していたらしい。「里山」というより「山」。数年前に長老から「私たちの先祖は農業をするためにここに移り住んだのではない。山の守りをするために移り住んだのだ。」と言われたけれど、たぶんほんとうなんだと思う。そして、そのとおり、壮大な山の前で人間はあまりにも非力で(そのことがかえって私を安心させるのではあるが)、初心者の畑に適した土地とはとても言えない。とくにここ数年は獣害被害がとみに増えて、老人たちの豊かな経験値さえも覆してゆくほどなのだから、都市部で育ちかつズボラでどんくさい私ごときには挫折要素が多すぎる。かくして、春に植えつけたジャガイモが夏には鹿やイノシシに食い荒らされ、それを境に多忙にかまけて畑を放置したまま秋冬を越してしまった。

 

 

世界がそれどころでなくなった今こそ
 

この1年間、山山アートセンターが取り組んだことは大きく分けて3種類。ひとつめは、拠点とする三岳地域の高齢者をおもな対象とする「よりあいみたけサロン」を毎月開催してきたこと。ふたつめは、都市部の若者をおもな対象に、ゲストとともに福祉施設を巡る「福祉とアートの噛み合わない合宿ツアー」を準備してきたこと。みっつめは、おもに丹後地域での要望の声を受けて、「京都府北部版“注文をまちがえるリストランテ(※)”」の実現に向けた勉強会やトークイベント、ワークショップなどを重ねてきたこと。後者ふたつに関しては、イベントが実施されるはずだった3月、「コロナ禍」によって世界はそれどころでなくなってしまい、計画は次年度に延期した。ところでこれら3つの取り組みに、じつは見えづらいところで通底しているのが「畑」の存在。これについては「世界がそれどころでなくなった」せいでかえって一歩前進したように思う。

※注文をまちがえるリストランテ:「認知症の人たちがホールスタッフとして働くレストラン」として2017年に東京で行われたのが『注文をまちがえる料理店』。 認知症の母親をもつ平井万紀子さん(まぁいいかlabo代表)がこのプロジェクトに出会い、京都で始めたのが『注文をまちがえるリストランテ』。京都府広域で仲間を増やしながら開催を重ねてきた『注文をまちがえるリストランテ』を府北部エリアに見合ったかたちで展開するための準備を行なってきた。3月開催予定だった『京都府北部で“注文をまちがえるリストランテ”を始めるための交流会』は次年度に延期。

 
ひょうたんからこま計画
 

・・・遡ること2年前、すべての鍵は「ひょうたん畑」にあると確信し、「ひょうたん畑」によって福祉とアートを横断せんとする一大計画を掲げた。名づけて「ひょうたんからこま計画」。それはなかなかどうして大風呂敷で、そこから先は、ひょうたん栽培の一連の流れを体験しつつ、福祉とアートの噛み合わなさに向き合いつつ、あちこち飛び回ってありとあらゆる人と出会ってこの計画について話した。そして何よりもどうしても、私個人の事情でいうならば、私は子育て中の主婦だった。言い訳すればキリがないが、元来ズボラでどんくさい私にとって「畑作業」はどうしても後回しになりがちなのであった。個人的にはそうなのだが、この計画の根底には「そもそも畑は自分たちだけでやろうとするべきものではない」という考えがある。

 

 

みんなで、生きる。
 

「自分たち」の単位にもいろいろあろうけれど、例えば「自分と夫と幼い子どもたち」とか「この地区の住民」という区切りかたは違うと思っていた。畑は「みんなで」やらなければならない。「家族」の枠も「住民票の場所」の枠も越えたみんなで。しかも区画に割って使うのでは意味がない。畑偏差値の高いひともいれば余計なことばっかりするひともいれば端っこで遊んでいるだけのひともいるような、年齢も性別もいろいろなそれぞれがてんでばらばらに広い大地を使って勝手にすごす、そんな実験の場としてこそ畑が機能するように思えた。
真っ昼間から余裕で柵を飛び越えていく鹿の家族たち。網とか柵というよりも「厳重なバリケード」を張り巡らさない限り、野菜はひと晩のうちに跡形もなく食べ尽くされてしまう。「ひょうたんはさすがに食べないらしい」という噂も虚しく、ある日柔らかい芽は摘みとられた。獣たちと知恵くらべをしながら「みんなで」七転八倒すること。非効率の極みでもありながら、そこに「みんなで生きること(動物さえも含めて)」にまつわるあらゆるクリエイティブな可能性を感じてしまう私なのである。

イシワタマリ MARI ISHIWATA

山山アートセンター代表、美術家。1983年横浜市生まれ、福知山市在住。慶應義塾大学で「スピリチュアリティにまつわる社会学」を学んだのち、2007年から2009年にかけて、スペイン北部バスクやベルリンで絵画やパフォーマンスなどの創作活動を行う。2015年以降、京都府北部~広く山陰地域=「このあたり」を舞台に、さまざまな人が力を持ち寄ってとにかく生きようとするプロジェクト「山山アートセンター」構想を展開。2018年より高齢・障害・児童の複合福祉施設Ma・ RooTs(みねやま福祉会/宮津市)広報兼アートコーディネーター。
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    展覧会『逡巡のための風景』(2019年/京都芸術センター)から始まった、イシワタマリの覚え書きあれこれ。
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