アラフォー往復書簡 vol.08 ひらきなおるしかなさbyイシワタマリ


新年あけましたこんにちは!
こんにちは!
こんにちは!
おめでとう!!!
元気?
っていうか往復書簡サギこいててごめんなさい!
ほぼウタコはんのソロ連載!いやごめんね。今年もなんとか!何卒!

昨年中はお互いの多忙にかまけて現実界ではわりかし疎遠になっておりましたが、年末いっしょに雨の中ひょうたんの腐水抜きしたり忘年会で顔を合わせたりしたから、わりと最後にしみじみといっしょに2019年を振り返りましたね。前の前の回で投げかけてくだすった「(マドンナの)イメージと本質」の件、そして前回投げかけてくだすった「死について」は2019年後半いろいろと思うところがありました。

まずは

雑誌の一節でマドンナが「今あなたが見ている私は本当の私ではない。」と言うてまして。(中略)マドンナに限らずどの人も同じことで、あの人はこういうことをしているのね、こういうところに行ってるんやな、って見えるイメージと、実際その人が今後どうしたいかとかどこに向かいたいかってのは時差もあるしギャップもある。そのギャップに気付く瞬間が脳がしゅわっとする一瞬だったりもする。

というくだり、私最近気付いたんだけど、人には人の時計があるんだろうね。時計というか太鼓?タイマー?ペースメーカー?というか血の流れるスピード?わからないけど、重要なのは速いのがえらいとか遅いのがダメとかではなくただ「違う」ということなんだよね。それってちょっと寂しいことでもあるんだけど寂しがるようなことではないというか、そりゃそうだよ人間だもの、という話かな。

なんかね、今年はそれについて開き直ってというか、織込み済みで生きていこうとちょっと思ってます。

そして「死について」。
最近自分たちの親世代がのきなみ病気したり死にかけたり実際死んだりしていくにつけて思うことは、「人間が年取ることとか死ぬことに今さらびっくりしてんじゃねーぞ!」ってことです。ほんとにさ、だって今さら何を言ってるんだという話じゃないですか。衰えるし死にますよそりゃ、人間だもの。
とはいえ、それと同時に、親世代の人々が生きてきた時代を眺めていると、なんていうんでしょう、そうだよね、死ぬってこと忘れてたよね、とも思うよね。なんかもうほんとうに人間離れしまくった時代が長く続いてきたから、だんだんここらでそろそろこの世の中は人間味を取り戻すのではないか????という希望を胸に抱いてます。だから「高齢者介護に」というよりか、「人間が人間であることをとりわけ忘れてしまった時代の人たちが人間に戻らざるを得ないこと(だって老いるんだし死ぬんだもん)」に逆説的な希望を感じます。

情報にそこそこ疎い私ですが、昨年、厚生労働省が「人生会議(=もしものときにあなたが望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと話し合い共有する取組のこと)」を推進したのだがPRポスターが炎上して掲載を停止、というようなできごとがあったそうです。2020年は一周回ってポジティブな年になるといいなとか思います。

年始から「死」とかいうから嫌われるんだべな。
なんというかね、とても開き直った年にしたいと思ってます!
何はともあれことよろですよ!!!

イシワタマリ

山山アートセンター代表、美術家。1983年横浜市生まれ、福知山市在住。慶應義塾大学で「スピリチュアリティにまつわる社会学」を学んだのち、2007年から2009年にかけて、スペイン北部バスクやベルリンで絵画やパフォーマンスなどの創作活動を行う。2015年以降、京都府北部~広く山陰地域=「このあたり」を舞台に、さまざまな人が力を持ち寄ってとにかく生きようとするプロジェクト「山山アートセンター」構想を展開。2018年より高齢・障害・児童の複合福祉施設Ma・ RooTs(みねやま福祉会/宮津市)広報兼アートコーディネーター。
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    2019年2月19日〜3月31日/京都芸術センターでの展覧会『逡巡のための風景』に向けて、山山アートセンターのあれこれ覚え書きbyイシワタマリ。
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