アラフォー往復書簡 vol.04 誰がために布をまとう by水田ウタコ

(※編集者注:諸事情というかイシワタの〆切逃しにより、ウタコ回が2回続きますことをご了承ください。)

 とある20代男性との会話の中で、彼は「僕はファッションセンスがないんですよ。」と言った。曰く、白いシャツと黒いボトムスを着ていればダサくはならないし、服を選ぶ行為が時間の無駄に感じる、とのこと。彼はZOZOSUIT(ゾゾスーツ・ZOZOが開発したもじもじ君風全身タイツ。着てアプリで計測したら自分の身体データが計測できてそれに見合うサイズの服がポチっと買えるらしい)を取り寄せ計測し、自分のサイズに合った服を着ている、との話からさぞかしこだわりがあるんだろうなと思ってたところに前述の発言。普段からシュッとしていてセンスええなぁと思っていたけどその云々より以前に「服を選ぶのがめんどくさい」んだって。なんだかジェネレーションギャップを実感した次第。
 あまり世代や性別で決めつけたくないけど、私(アラフォー経産婦)が20代の頃は服装はもちろん生活全般に無駄しかなかった。よく分からない服を着てよく分からない時間を過ごしよく分からない本を読みよく分からない酒を飲む。40が間近に見えてきてる今だって決して意義ある人生だとは胸を張れないけれども、無駄を愛し無駄を生きてきた私と、無駄を嫌い無駄を省き無駄を遠ざける彼との間の溝の深さに、ああ!これが世代の差なのかとひしひし。次世代感!
 それにしても我々は一体何を着ているんだろう。「100年前の写真で見る 世界の民族衣装」(ナショナル ジオグラフィック・2013)を読んだ。

タイトルの通り100年前の写真をデジタルで着色した写真集。100年前の世界はいわゆる民族衣装というものが当たり前で、未婚既婚や階級によって纏う衣服が異なっていた。衣類そのものが名刺代わりでもあり自己紹介の役目を担っていた。自分の土地で作られた生地で、代々受け継がれていた服装。しかし今や世界まるっと西洋化画一化して、福知山でもバンコクでもシドニーでも買えるであろう服を着ている我々。いやいいんだけど。私を纏う衣類を紐解くと、中国、バングラディッシュ、インド製。おお、唯一メイドインジャパンがあったわ!とあられもない格好で気づく。そう、綾部が世界に誇るグンゼのおパンツは日本製!パンツを除いてその他は遠い海を渡ってきたんやな…とフードマイレージならぬクロージングマイレージ(造語)を想う。

 去年11月に行った「勝手にファッションショーしながら歩く作品鑑賞ツアー byいろいろやってみる部」のときも、自分がそれぞれ着たい服を着て町を練り歩こう!という趣旨だったと思うが、私は「はて、着たい服とはなんだ…」と思考の迷路にはまり込んだ。いっそのこと服なんか着たくない…という心境でもあったがそうはいかないので普段着ないジャケットとスカート、という格好になったのだが、私にとっては異例でも周りから見たら至極ありふれたスタイル。肩に鸚鵡を乗せてしまったところが私の弱さなのか。満足はしているけど、鸚鵡。

 今、日本の着物の古着がミャンマー人に爆買いされてるとの話を聞いた。民族衣装のロンジーがミャンマーでは今もなお日常の衣類として着られていて、現在、着物をロンジーに作り変えるのがちょっとしたブームなのだそう。つい100年前まで着ていた日本の服がミャンマーで今もなお輝いてくれるのは嬉しくもありなんだか申し訳なさもある。和装が特別な日のものになってしまった昨今、特別じゃない日も特別ぶった服を着てもしれっとスルーされる世の中だといいのにな。
【※参考画像(上から順に):本の表紙/2018年の「勝手にファッションショーしながら歩く作品鑑賞ツアー」/2006年グアテマラのアティトラン湖でウィピルを着せてもらう私】

水田ウタコ

家族5人のわちゃわちゃユニット「ミズタマート」のおかん役。1980年広島生まれ。京都と沖縄で大学時代を過ごし、大阪で10年暮らしたのち綾部に移住5年目。20代は大阪で古着屋・ 雑貨屋・バーなどを経営しつつOLもしつつたまに放浪、あれもこれもいろいろやってみる。結婚・出産を機に働き方や暮らし方を模索。現在は某新聞社に勤務しつつ裏日本広域のイベント情報をくまなくチェック、新しいお店ができればとにかく出没、おもしろそうなプロジェクトにはとにかくいっちょ噛み。子ども3人引き連れてとにかくあちこち行脚したInstagram(@utaco1211)とブログ(ウタコの裏日本道中膝栗毛)がひそかに話題。
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    2019年2月19日〜3月31日/京都芸術センターでの展覧会『逡巡のための風景』に向けて、山山アートセンターのあれこれ覚え書きbyイシワタマリ。
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