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なんとかかんとか、やっとここまで。

2019年6月1日(土)

 

山山アートセンターは、あるようでないような架空の場所の名前です。
webサイトもまた、「作らなきゃ」と言ってから長い年月が経ちまくった今、何とか形になっていなくもないけど、三歩進んで二歩下がりつつ、なんとかかんとかやっとここまで。このまとまらなさと遅さが、山山アートセンターの山山アートセンターたるゆえんかもしれぬ。

 

山山アートセンターは、さまざまな人が力を持ち寄ってとにかく生きようとするプロジェクトです。アートセンターこそが人間のライフラインを担う(ある意味で福祉的な?)場所であるべきなのではないか、という仮説に立ちつつ。そして、世界中のありとあらゆる山の見える場所で暮らす人たち同士でつながること、遠くを見ることでお互いを支え合えるのだという仮説にも立ちつつ。このウェブサイトは、たぶん徐々にできていくと思います。できていくことを信じてください。

以下、2015年の山山アートセンター発足当初に書いた拙文より。初心はここに。

広い広い世界の中、長い長い歴史の中で、ちいさなちいさな私たちは、しばしば心を押しつぶされそうになります。

でも、それに負けずに生きてみたい。

生きよう。

「生きたい」という気持ちで生き延びよう。

そのための仲間を集めます。

子どもだからこそ、若いからこそ、年をとったからこそ、生きているうちにこそ、 「生きることについて」真剣に模索できる時間と場所があってもいいはずです。

生きるための仲間は、みんなで一丸となってひとつのことに邁進する必要はありません。

それぞれがてんでばらばらに、それぞれにとって大切な方向を正直に向くこと。

ばらばらに異なる者同士が出会っては共に過ごし、支え合い、励まし合い、混じり合ってはまた離れて旅立ちゆけるような自由な関係。

年齢も性別も事情もさまざまに異なるひとりひとりが、自分自身の等身大の課題に向き合えるような、それぞれにとって自然で自由な場所をつくることを試みます。

同時に、ちいさな地域に閉ざされたものや少数のひとの自己満足でなく、世界中どこにいるどんなひとに対しても胸を張れるような場所を、この地に、このあたりのひとたちと一緒につくりたいのです。

 

だから、世界中、歴史上どこにでもある美しいもの、「山山」という名前を使います。「このあたりの地域」 のひとたちがたくさんのことを分かち合い共に過ごせる場所、それでいて「それ以外の地域」のひとたちから見てもちっとも他人ごとでないような、そんな場所をつくりたいのです。

「アート」とか「芸術」とかという言葉に耳馴染みのない人もいます。

すべての枠組をとりはらって私たちを自由にしてくれるもの、苦しさも醜さもひっくるめた人間存在そのものの「うつくしさ」を教えてくれるもの、生きるうえでの支え、そういうものを今ここで仮に「アート」と呼んでみたい。

この「アート」なる横文字のふしぎな言葉を切り口に、いまだかつて見たことのないものがしかし現実に存在するのだという希望にあふれた体験を、共に分かち合う場所をつくります。

居場所ややりがいがないと感じている子どもと。

未来が不安な若者と。

子育てに行き詰まりを感じている親と。

がんばればがんばるほど孤立してしまう大人と。

社会的な役割を次の世代に手渡したあとの高齢者と。

ここで生まれ育ったひとと、よそから来たひとと。

障害や病気や悩みがあるひとと。

いまと違う暮らしや新しい「何か」に挑戦したいひとと。

などなど、などなど、などなど、生きたいひとたちと、共に。

イシワタマリ

山山アートセンター代表、美術家。1983年横浜市生まれ、福知山市在住。慶應義塾大学で「スピリチュアリティにまつわる社会学」を学んだのち、2007年から2009年にかけて、スペイン北部バスクやベルリンで絵画やパフォーマンスなどの創作活動を行う。2015年以降、京都府北部~広く山陰地域=「このあたり」を舞台に、さまざまな人が力を持ち寄ってとにかく生きようとするプロジェクト「山山アートセンター」構想を展開。2018年より高齢・障害・児童の複合福祉施設Ma・ RooTs(みねやま福祉会/宮津市)広報兼アートコーディネーター。
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    2019年2月19日〜3月31日/京都芸術センターでの展覧会『逡巡のための風景』に向けて、山山アートセンターのあれこれ覚え書きbyイシワタマリ。
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